のび太とロボット王国
〜のびたとろぼっときんぐだむ〜
公開 2002年

〜同時上映〜
『ぼくの生まれた日』
『ザ・ドラえもんズ』ゴール!ゴール!ゴール!!
〜ストーリー〜
スネ夫のペットロボットを羨ましがるのび太は、ドラえもんのスペアポケットから勝手に出した“未来デパート通販マシーン”でロボットを注文してしまいます。たくさんのロボットが町に溢れてしまい、大騒動。何とかドラえもんが返品処理をしたものの、1体だけ返品されない、動かなくなってしまっている男の子型のロボットがいました。 のび太達はそのロボットを直すべく、このロボットが生まれた世界に旅立ちます。たどり着いた先は『ロボット王国(キングダム)』。人間とロボットが共存している星でした。
ところがこの『ロボット王国』では、ジャンヌという女王が“ロボット改造命令”というものを出し、ロボットの感情を消し去って人間に従うように仕向けていることがわかります。のび太達が助けた少年(ポコ)のお母さんが捕まっているということで単身助けに向かうポコ。のび太達も当然、ポコを助けるべく救出に向かいましたが、何とドラえもんが捕まってしまいます。
見せ物として闘技場で戦うことになってしまったドラえもん。秘密道具を駆使したりして勝利を収め、のび太達に助けられたのでした。しかし一方、『ロボット王国』を我がものにしようと企むデスター司令官に裏切られたジャンヌ女王。そんなジャンヌを心のどこかでは憎みながらも助けるポコ。のび太達が見つけた、ロボットと人間が平和に暮らす楽園の様子を見たジャンヌは、のび太達と共にデスターを倒しに行くことを決意するのです。
〜感想〜
ロボットがテーマということで重々しい感じの、どこか機械的なストーリーになるのかなと思っていたのですが、想像以上に心のつながりのようなものを感じさせてくれる作品でした。 考えてみれば、ドラえもんもロボット。心と心が通じ合わないわけはないのです。そういう“交流”的な心の働きを普段から理解しているからこそ、のび太達にとっては“ロボットを人間の言いなりに動かそうとする”ジャンヌ女王やデスター司令官が許せなかったのでしょう。
元々、ロボットというのは人間が開発したもの。人間の生活を豊かにしたり、人間が便利さを得るための存在がロボットであるという考え方は、一概に否定出来るものではないかもしれません。しかし、人間と動物、人間と植物、そして人間とロボットのように、互いに助け合い、共存していくことが出来る存在を、確かな存在として認めることは大切なことではないかと思います。
私たちのクラス21世紀では、まだロボットとの交流は全くと言っていいほど盛んではありません。だから実感も湧きにくいのかもしれない。私が普段、『ドラえもん』という作品を見て、そして今回の作品を見て以上のように考えたことも、現実的には少々無理があるのかもしれません(それは『ドラえもん』が完全にフィクションの作品であり、現在の私たちの生活では考えられないようなことが普通として扱われている世界であるから)。ただ、いつかは来るかもしれない共存社会について自分なりに考えられたことは非常に有意義でしたし、例え相手が人間でなくても、相手を思いやり、共に認め合って生きていくことの大切さ、難しさを学ばされたような気がしています。作品自体は、ラストが相変わらずちょっと拍子抜けの印象はあります。ドラえもんの石頭で敵の総大将(今回で言えばデスター司令官)がのびてしまう、というのは『のび太の南海大冒険』と全く同じですし。ただ既に記したように、心について考えられること、そして最後まで感動させる“何か”があること。全体的には良い作品だったと思います。
最も感動したのは「ドラえもん、死んじゃ嫌だ!」というのび太の叫びでした。今までの大長編で、ドラえもんは何度も壊れています。しかし、それはドラえもんがロボットゆえの“故障”という事象でしか捉えられなかったのかもしれません。しかし、今回の“死ぬ”という表現。ドラえもんを“友人”として確かに捉え、その友人が死んでしまうという絶望的な心の痛みを、のび太のセリフはよく表していたと思います。その直前のドラえもんの覚悟を決めたセリフもあいまって、本当に泣けました。
主題歌はKONISHIKIさん。挿入歌はKONISHIKIさんと新山千春さんが歌っています。お2人とも声の出演もしていらっしゃいますよ。(新山さんは何とジャンヌを担当。大役です。)